“ケ(褻)“の食事のススメ

私(武井)或る日の昼食

晴れ舞台、晴れ着など、日本には古来より“晴れ”の日がありました。元々は折り目、節目を表す概念です。晴れ(霽れ)の日には、餅、赤飯、白米、尾頭付きの鯛、酒など普段とは違う食事が飲食されたが、これらはかつて日常的に飲食されたものではなかった日本では、戦後から高度経済成長を経て、大衆消費社会になったことで、派手な物、美味しい物が手軽に消費出来るようになり、ハレとケの区別が曖昧になった(どちらかと言えばハレが続いている状態になった)と言われている。「ハレとケ」という概念関係の捉え方は、柳田國男が近代化による民俗の変容を指摘する一つの論拠として、ハレとケの区別の曖昧化が進行していること(例えば、ハレの儀礼時にのみ行っていた特別な飲食が日常的に行われる、など)を提示したのが始まりである。(ウィキペディアより抜粋改編)


料理家の土井善晴先生は、兼ねてから「一汁一菜」のお料理を提唱されています。これはどうやら「ハレ」と「ケ」の逆転に対しての疑問の投げかけのようです。現代社会の偏ったイデオロギーを家庭に持ち込まない。本来あるべき姿である「ケ」の日常を大切にするということです。日本人の御膳は料理の手前に箸を横に起きます。(世界でも食べるための道具を横一文字に置くのは日本だけだそうです。)これは料理と自分の間に線を引く(結界を設ける)ことで、神の物である食物を崇め、合掌してその一線を越えさせていただく(「いただきます」)という意味なのです。それだけ、食べるという行為には真摯な側面があるのです。(土井善晴さんの講演会より、レッサーパンダのお絵描き修行より抜粋改編。図も引用)